ポーランド

アウシュビッツ強制収容所へ。ガイドブック片手に予約なしで見学

第二次世界大戦中、ユダヤ人を中心に罪のない人々が、ナチス政権により大量虐殺されたホロコースト。

その惨殺な現場となったアウシュビッツ強制収容所ビルケナウ強制収容所がポーランドにあります。

 

アウシュビッツを見学したい人
アウシュビッツを見学したい人
ツアーやガイドの予約はしてないけれど、個人で見学できるの?

・日本語のガイドブックが売ってるって聞いたけど、アウシュビッツで買える?

・クラクフからの行き方や、見学の所要時間を教えて!

 

今日の記事では、予約なしで見学をした私(@l_traveler_)が、上記の疑問に答えながらアウシュビッツ強制収容所の様子を詳しくレポートしていきたいと思います。

アウシュビッツ強制収容所~予約なしで行く時の注意点

アウシュヴィッツ強制収容所

アウシュビッツ強制収容所は、ポーランドの古都クラクフから70km離れたオシフィエンチムという町にあります。

 

負の世界遺産として知られる、アウシュビッツ強制収容所の見学方法は3つ。

  1. 旅行会社を通した団体ツアーや現地ツアー
  2. 公式サイトからの予約制ガイドツアー
  3. 予約なしガイドなしの個人見学

 

注意点として、

ガイドツアーは直前だと予約が埋まっているので、公式サイトから早めに申し込んだ方がいいです。

特に、外国人初の公認ガイドある中谷剛さんの回は日本語のため埋まるのが早く、直接メールした時もだいぶ先まで空きがない状態でした。※中谷さんのアドレス(nakatani@wp.pl)

入場料(ガイド料)は言語や人数によりけりで、1人40~50ズウォティ(約1,168円~1,460円)程度必要になります。

 

ガイドなしの個人で行く場合、入場できる時間帯が決まっています

  • 繁忙期は10時前と16時以降
  • 閑散期は10時前と12~13時以降

夕方行くとゆっくり見学できないので朝一番がおすすめ。

開館時間は7:30~。

ガイドなしなので、入場料は無料です。

 

【おすすめの予約手順】

①中谷さんにガイドをお願いする。

NGの場合

②英語が堪能→英語ガイドの回を予約する

②英語に自信がない→ガイドなしの個人で行く

※または、日本から申し込める旅行会社のツアー現地オプショナルツアーで行く方法もありますよ

 

クラクフからアウシュビッツへバスでの行き方

アウシュヴィッツ強制収容所

クラクフからアウシュビッツ強制収容所への行き方ですが、クラクフ中央駅にあるバスターミナルから直通バスが出ています。

アウシュビッツ強制収容所までのバス代は14ズウォティ(約430円)。

アウシュヴィッツ 行き方

予約なしで行く場合、午前中は10時までに入らないといけないので6:207:108:05のどれかに乗らないとアウト。

アウシュヴィッツ 行き方クラクフからアウシュビッツ行きのバスの時刻表

 

7時10分発のバスに乗車して、乗車率70%位でした(9月)。

アウシュヴィッツ バス

アウシュビッツに到着したのは8時35分だったので、クラクフから1時間25分の道のりでした。

アウシュビッツ強制収容所でガイドブック(案内書)を購入

アウシュヴィッツ チケット窓口

行列しているイメージのあるアウシュビッツ強制収容所ですが、時間が早かったせいか窓口はガラ空きでした。

 

まずは無料の入場チケットを発行してもらい、左手のクロークで荷物を預けます。

料金は4ズウォティ(約117円)です。

 

建物へ入ると右手に小さな書店があり、そこで日本語の案内書(ガイドブック)を購入できます。

15ズウォティ(約461円)

アウシュビッツ ガイドブック

ホロコーストに関する詳しい解説は勿論のこと、撮影禁止エリアなどが細かく記されていました。

ガイドブックの翻訳は中谷さんがしており、地図代わりになるので個人で回るなら必須アイテムだと思います。

アウシュビッツ強制収容所の見学開始

アウシュヴィッツ強制収容所

以下では、9時から11時まで2時間掛けて見学したアウシュビッツ強制収容所の様子を紹介していきます。

強制収容所の棟外

まず目に入ったのは「ARBEIT MACHT FREI」の門。

ポーランド アウシュヴィッツ

ドイツ語で「働けば自由になれる」と書かれています。

強制収容所のスローガンとして掲げられていた言葉ですが、働けど働けど自由が待っているはずはなく、それでもスローガンを信じて必死に働き続けた人がいると思うと、見学早々に胸が苦しくなりました。

 

門のすぐ右手には厨房。小さな写真に写っているのは、厨房前で歌う音楽隊です。

ポーランド アウシュヴィッツ

そして、立ち並ぶ28の棟。

ポーランド アウシュヴィッツ

棟は展示室になっていますが、入れる棟と入ってはいけない棟がありました。

ポーランド アウシュヴィッツ

 

有刺鉄線が張り巡らされた収容所の敷地内。

ポーランド アウシュヴィッツ ポーランド アウシュヴィッツ

監視用の番小屋。

ポーランド アウシュヴィッツ

集団絞首台。

アウシュヴィッツ強制収容所

銃殺が行われた死の壁では、数千人が殺されたと言われています。惨い。

ポーランド アウシュヴィッツ

 

選別の果てに

1940年~1945年まで続いたホロコースト。

殺人工場と言われるアウシュビッツに連れて来られた被収容者たちは、到着して間もなく「選別」にかけられます。

 

ドイツ人医師によって一瞬にして下される「生かす」か「殺す」かの選択。

 

まさか今から自分が殺されるとは思ってもみない人々。

アウシュヴィッツ ビルケナウ

シャワーを浴びると騙され、待っていたのが「死」だったなんて。

 

この選別によってアウシュビッツへ来た7~8割の人々が、尊い命を奪われました。

アウシュヴィッツ ビルケナウ

「生かす」側に選別されたとしても、待ち受けていたのは

過酷な労働

人体実験

見せしめの殺害

衰弱

絶望

飢餓

アウシュヴィッツ ビルケナウ

ユダヤ人、ポーランド人、ジプシー、ソビエト捕虜、同性愛者。

罪のない130万人以上の人々が、強制的にアウシュビッツへ連行されて、最終的に生き残ったのはたった200人だけ。

アウシュヴィッツ強制収容所

何故こんなにも残虐で非人道的な悲劇が起きたのか。

何故それが許されていたのか。

理由など到底理解できるはずはなく、繰り返し問答しても「何故」は尽きません。

 

強制収容所の棟内

さて、計16棟で許されている棟内見学。

アウシュヴィッツ 棟

棟により展示内容は様々で、ホロコースト以前のユダヤ人の生活、他国の状況や立場、ナチス政権が辿った歴史やホロコーストの経緯、此処へ連れて来られた被収容者たちの生活の様子など、分かり得る全ての事実を後世に残そうと、丁寧に詳しくありのままが展示されていました。

アウシュヴィッツ強制収容所

衝撃的だったのは7トンの髪の毛で、その髪を使って絨毯やマットレス、洋服を作っていたというから言葉もありません。※撮影禁止のため写真なし

 

回収された大量の日用品は、アウシュビッツへ到着した際に被収容者たちが持参していた物で、

「ポットでお湯を沸かそうとしていたのかな」「小さい器は子ども用かな」そんな想像が胸を締め付けます。

アウシュヴィッツ強制収容所

 

鞄に住所が書かれているのはなぜか?

アウシュヴィッツ強制収容所

あとで返すと言われていたから。

もちろん最初から返す気などありません。

 

展示品の数々は目を伏せたくなるほど辛く、

それでも目を見開いて、直視しなければならない現実と、人間が犯した罪が此処に保存されています。

アウシュヴィッツ強制収容所 アウシュヴィッツ強制収容所

 

大量の空き缶はチクロンBという殺虫剤で、ガス室で使われた殺人薬。

アウシュヴィッツ強制収容所

空き缶の数たるや・・・。

 

ガス室。

アウシュヴィッツ ビルケナウ

 

アウシュヴィッツ ビルケナウ

 

すぐ隣には、遺体を焼くための焼却炉。

アウシュヴィッツ ビルケナウ

 

この部屋は名ばかりの治療室で、病人が殺到した結果、毒注射を打って殺したそう。

アウシュヴィッツ強制収容所

 

藁が敷き詰められた部屋では、被収容者たちが折り重なるようにして毎晩眠っていたそうです。

アウシュヴィッツ強制収容所 アウシュヴィッツ強制収容所 アウシュヴィッツ強制収容所

与えられた食事。固形物はなく、ほぼ液体ですよね。

アウシュヴィッツ強制収容所

栄養失調になるのは当然だし、衰弱して当たり前の環境で、労働力として役に立てなければ待っているのは死。

アウシュヴィッツ強制収容所

絶望の果てに自殺した人は、1人や2人ではなかったはず。

 

ホロコーストと同性愛者

この棟には、亡くなった方々の写真が展示されていました。

アウシュヴィッツ強制収容所 アウシュヴィッツ強制収容所

髪を短く切られた被収容者たちの胸元には、ユダヤ人は黄色、政治犯は赤色、男性同性愛者はピンク色、女性同性愛者は黒色といった具合に、収容された理由で色分けされた逆三角形の識別胸章が縫われていました。

アウシュヴィッツ LGBT アウシュヴィッツ LGBT アウシュヴィッツ LGBT

 

アウシュビッツから話は飛びますが、「アンネの日記」で有名なアンネフランクの家があるオランダのアムステルダムには、ナチスから迫害を受けた同性愛者への追悼の意が込められた三角形の記念碑「ホモモニュメント」が存在します。

アムステルダムホモモニュメント

そして、今やオランダだけでなく全世界で、三角形(ピンクトライアングル)はLGBTのシンボルになっています。

オランダホモモニュメント

LBGTグッズにトライアングルモチーフが多いのは、ホロコーストの歴史から来ているのですが、この点について言及している旅ブログは多くないので、補記しておきました。

 

ビルケナウ強制収容所を見学

さて。アウシュビッツの見学を終えたら、次に向かうのは3km離れた場所にあるビルケナウ収容所です。

2つの強制収容所間は無料シャトルバスが10分置き走っているので、それに乗って移動します。

アウシュヴィッツ ビルケナウ

 

映画で観た光景かもしれませんが、ここがビルケナウ強制収容所です。

アウシュヴィッツ ビルケナウ

狭い貨物列車に詰め込まれて、運ばれて来た人々がどんな気持ちだったか。

アウシュヴィッツ ビルケナウ

各都市から続く長いレールは、収容所の敷地内で切れていました。

アウシュヴィッツ ビルケナウ

終点は此処。

外へ逃れる事は許されません。

 

ビルケナウの敷地面積は東京ドーム37個分と広大で、奥まで行くと人気がなく少し怖かったです。

ビルケナウ強制収容所 アウシュヴィッツ ビルケナウ

 

証拠隠滅のために破壊されたガス室は、当時のまま残されていました。 アウシュヴィッツ ビルケナウ

ガス室と焼却炉は、この収容所だけで4つもあったそう。

人を殺めるための施設をわざわざ4つも建てるなんて、狂ってますよね。

アウシュヴィッツ ビルケナウ

ビルケナウ収容所では、ガイドが読み上げる手紙に耳を傾けながら、涙を流しているツアー参加者を幾人も見かけました。

アウシュヴィッツ ビルケナウ

彼も此処へ強制連行された一人ですが、アンネフランクの父・オットーフランクがこんな言葉を遺しています。

 

「未来を築くためには、過去を知らないといけない」

 

ホロコーストの残虐な歴史は全人類が知るべき過去の一つだと、実際に足を運んだからこそ尚の事、強く痛感した今回の訪問となりました。

ビルケナウ クラクフ バス

この記事を読んで、ホロコーストへの知見を深めるきっかけとなった方がいたのなら。

私が此処へ訪問した意義は倍に増え、オットーからのバトンは確実に繋げたかなと思います。

まとめ

1940年代に起きた人類史上最悪の悲劇に関する歴史と、その現場アウシュビッツ、ビルケナウ強制収容所の様子を紹介しましたが、どうでしたか?

 

予約なしで行ったため一人で回りましたが、ガイドツアーでは訪れない場所に立ち寄ったり、自分のペースで見学できたのは良かったです。

ただ、せっかくなら公認ガイドの中谷さんに案内してもらうのが一番だと思うので、見学日が決まっているならぜひ早めの予約を。

 

最後に。ガイドブックに記載の通り、アウシュビッツ、ビルケナウ強制収容所見学の際は場の尊厳に相応しい服装で行って下さい。

読んで頂きありがとうございました。

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